ブッ壊れたシャワーヘッド

好きなものを、不規則に撒き散らすだけ

スピリット

大好きなアイドルグループが、デビュー26周年という節目に解散することになった。

 

V6をちゃんと好きになってから、かれこれ8年ほどの月日が流れようとしていた。グループが活動した年月の1/3にも満たない新規である。

アイドル、パフォーマンスグループ、バンド、芸人…にわかにいろんなジャンルを練り歩いている身としては、これも今までたくさん経験してきた推し解散の一つにすぎない。それなのに、第一報からこんなに眠れなくて、口内炎が2つもできるくらい落ち込んだのは初めてで、正直自分自身でも心底びっくりしている。

メンバーチェンジなしの25年、それは「永遠」を信じるには十分すぎる長さだったから。こんなにあっけなく、終わりが突然やってくるなんて露にも思わなかった。こちとら、解散発表日となった12日の2日後の日曜に、ヲタク友達とトニフィフコンの鑑賞会する約束してたんだよ?たったの2日で全ての曲の意味合いがこんなにガラッと変わるなんて思わないじゃん!予定通りに鑑賞会は開催したけど*1、どの曲を聴いても後ろに(意味深)がついているみたいで、正直全然集中できなかった。6人は変わらずあんなにもかっこいいのに。

なにより、私事ではあるが、実はこの度仕事の都合で来月から日本を離れる。1年ちょっとで帰ってくる予定なので、本来は少しだけ我慢をして、帰ってきたらまた存分に6人のライブを楽しむ予定だった。それが、もう6人を見る機会がなくなるどころか、海に隔たれて直接お別れすらもできなくなるなんて、先週までの私は夢にも思わなかったわけで。本当にタイミングが悪くて余計それが辛さを増幅させたのかも。誰のせいでもないんだけどね。

 

 

ところで。

解散。解けて、散る。なんて淋しい字面なんだろう。

そもそも私は6人がずっと言い続けていた通り、「誰か1人かけてもそれはV6じゃない」という言葉に500%賛成しているし、1人でも同じ方向を向けなくなったその時は、やはりグループごとなくなるのが一番綺麗な形だろうと、予々思っていた。

でもたまたま開いたメールボックスに入っていた「V6からの大切なお知らせ」というヲタクを縮み上がらせるには十分すぎるメール文から、16時になったと同時に切実な思いで開いた動画で聞いた「解散」って言葉はあまりにもあっけなく現実味がなくて、側から見ていたらこんなに順風満帆でなんの綻びもない6人からどうして解けて・散るっていう言葉が出てきたのか、全く頭で理解ができなかった。真っ白になったし、動画を何回再生しても全然内容が入ってこなかった。

 

そう。所詮私たちは側から彼らを見ることしかできない

私たちの慕う気持ちや言動は彼らに、何かについて考え、動き出すきっかけこそ与えられるかもしれないが、彼らが下した決断に何か口を挟むことも影響を与えることもできないのだ。

そんなこと、とっくにわかりきってたはずなのに。今日はこんなにも悔しいし淋しい。

この選択に至るまで、6人は何度も何度も話し合ったと言った。剛くんがどんな葛藤を抱えて5人に打ち明け、5人はどういう思いでそれを受け止め、6人でどう折り合いをつけてきたかなんて、私たちは分かるわけがない。私たちができることなんて、その結論としての「解散」を聞いて、どんなに嘆いてもわめいても、2021年11月1日をもってV6が解散するという事実を事実として受け止めることしかできないのだ。その話し合いに、当然ながら私たちが参加してああこういうことなんてできるわけがない。

剛くんは事務所を飛び出すまでして、どんなことに挑戦したがっているのだろう。

剛くんが入るからV6に入ったという健くんは今どんな心情なんだろう。

アイドルでありながら俳優道を歩み進める覚悟がようやく近年見えてきたような岡田くんはどう受け止めているのだろう。

発表動画でも最後まであくまでフラットに居続けようとしていた井ノ原くんは、誰よりも長くこの事務所の盛衰を見届けてきたひろしは、「40を迎えた今こそ決断のとき」という言葉を聞いて50までV6として駆け抜けてきた坂本くんは、なにを思うだろう。

ヲタクはなんでもかんでも行間から深読みしがちだけど、私たちはこの6人がくれた言葉以上はしょせん何もわからない。

 

 

 

今の私は、まだ感情がぐちゃぐちゃだ。6人の誰かが過ちを犯して強制的に退場を命じられたわけではなく・喧嘩別れしたわけでもなくて本当に良かったという安堵、前触れなしに解散を突きつけられた困惑、カミセンが・6人が歌って踊るところをもう2度と見られないかもしれないことへの焦燥、動画の真っ直ぐな目をした剛くんへの厚い信頼、去っていく人と残る人の未来への憂慮、心のない外野からの詮索の言葉に対する憤怒、約束されなかった来年への寂寥。

普段は職場と家の往復だけの生活で、そこまで起伏の激しい感情に揺さぶられることもないので、あまりのしんどさに大袈裟でなく昨日までSNSもテレビも見られなかった。

それでも、勇気を振り絞ってこの文章を書いているのは、今現在のこの気持ちを記録したいということもあるが、なによりやっぱり6人が好きだからだ。「好きだった」じゃなくて、今も大好きだし、これからもやっぱり6人が好きだから。

剛くんは動画で、「25年間V6だったことを誇りに持ちたいし、みんなも同じ気持ちでいてほしい」と言った。

誇れるというのは、25年嘘偽りなく全力で本人たちが走り抜けた証拠だし、最後までその誇りが壊れないよう矜持をもって活動し続けてきたからに尽きる。そうやって体を張ってブランドを守り続けてきてくれた6人のファンでいることは私も誇らしいし、感謝しかない。なにより、淋しさとは全く違うベクトルで、なによりまずは私が大好きな6人のこれからの幸せを願わずにはいられないのだ。淋しくて悲しい気持ちと、彼らの未来を応援したい気持ちは、全く矛盾しない。

 

昨日、私は今月予定している引越しの荷造りをしながら、静かな部屋で健くんのラヂオを聞いた。なお、その直前までは20周年コンサートのDVDを流していた。我ながらドMだと思う

アイドルであること、V6のメンバーであることを人一倍背負いすぎる健くんの言葉には本当に胸が痛んだけど、でも彼が言った「ジャニーさんが作ってくれたものを1番綺麗な形で大切な箱にしまえるかもしれない」という言葉は、あの「解けて、散る」という言葉よりずっと私の中に現実味を帯びて、悲しいけど嬉しくもなれた。上でも言った通り、彼らが矜持をもってV6というブランドを守り抜いてくれたから、今私がもっているV6に関する記憶と思い出とコレクションが「トラウマ」になることなく、いつまでも宝物として残ってくれるわけで。それを健くんが言葉にしてくれたことが、本当に誇らしかった。

それはひろしのワインのたとえ話*2にも通ずると思う。

やっぱりV6は一番欲しい言葉を私たちにくれるなぁ~。気負いすぎる健くんを筆頭に、「みんなを悲しませてごめん」と本当に申し訳なさそうにしている6人を案ずる一方で、その言葉に誰よりも安心している自分がいて、すごく嫌になる。

 

「また笑顔で逢うための合言葉、バイバイ」(テレパシー)

「開くのは可能性への扉 姿変えてもなくならないよ誇りは」(クリア)

「歩み続けてきたmy way それぞれのtrain train 次の場所まで」(Full Circle)

なにかを説教臭く長文で滔々と語らずとも、V6はいつも歌でまっすぐに伝えてくれる。

私たちはなんて甘やかされたファンなんだろうか。そして、それに甘えてしまってごめん。まだまだ受け入れきれなくて、ちょっと気を緩めたら涙をこぼしてしまって、本当にごめん。こんなに幸せを願わずにいられないのに、ここからいなくならないでほしくて駄々をこねて、ごめんなさい。

 

ほぼ読み返さずにつらつら書いているので、支離滅裂でほんとごめんなさい。

受け入れるのにはまだまだ時間がかかると思うし、私はなによりもV6が好きだから、「V6の」という肩書がなくなった6人のことを未来の自分は熱量と質量変わらず応援し続けられるのか、正直今のところは全然わからない。

でもこれだけは言いたい。私は自分の人生でV6のことを好きになれて本当によかった。まずはどうぞ最後の1日まで、その気持ちでいさせてくれるように、精いっぱい駆け抜けてください。どこかの海の向こうで、ささやかながら見守っております。

そのあとのことは、まだ誰にもわからないけど。私は今までのたいして長くも激動でもない人生の中で幾多の選択にぶち当たった時、表題のこの曲に何度も何度も励まされたので、今きっと大きな大きな人生の岐路に立っている6人に、そのままそっくりこの曲をお返ししてあげたい。

 

 

 

君が擇び 君が歩んだ

その道を後悔するな

どんな正しい答えよりも

大切なのはスピリット

いつか届く それぞれの未来できっと 笑おう

 

 

 


V6 / スピリット(YouTube Ver.)

 

 

 

 

*1:このご時世なのでリモートでの同時再生です

*2:クルマでグルメ Vol.929